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死刑は廃止?それとも存続?

――簡単に結論の出せない問題だ――

 

 凶悪な犯罪が相次いでいる今の日本(今に始まった話ではないだろうが)、死刑廃止派は肩身の狭い思いをしていることだろう。
 世界の趨勢とは別に日本で死刑が存続されているのはなぜか、理由の一つに「犯罪の抑止力」があるが、殺人でなくとも死刑になりうる、日本より刑罰の厳しい国で犯罪が多いこともあるので今一説得力に乏しい。
 一番大きな理由として「殺された人の無念を晴らす」が挙げられるであろう。つまり「死刑は仇討ち」なのである。
 日本人、特に年配の人に人気が高いのが「忠臣蔵」、明治の忠君愛国で美化された側面があるとも聞いたが、明治以前には遺族による仇討ちが条件付で合法であった(赤穂四十七士は切腹になったが)。殺された人の苦しみを知れ、これが遺族の心の叫びである。
 人を殺したのなら死を以って償え、死刑存続を一言で言うとこうなる。

 それに対し死刑廃止は一生を掛けて償え、ということであろう。死刑になればもう罪を償わなくて済むのである。実際死刑囚の中には死にたいと言う人もいると聞くし、無期刑で服役中に自殺した人もいる。自らの罪の重さに耐え兼ねての発言や、獄中での生活に耐えられなかった行動であろう。

 現在の日本の刑法では最高刑は死刑、次が無期懲役である。この無期懲役は20年ぐらいで仮出所できるというので死刑とはかなりの開きがある。これは刑法の重大な欠陥と言わざるを得まい。それゆえ一生娑婆に出て来れない、言い換えれば一生涯刑に服す「終身刑」を早期に導入すべきである。死刑存廃の検討はそれからでも遅くはあるまい。
 死刑の廃止された国や地域も含めた海外では得てして他の刑罰が日本より重い。最高刑が仮釈放なしの終身刑というのも珍しくないし、刑期が100年を超える判決も出る。生きている限り刑罰から逃れられないという点では死刑より重いのかもしれない。

 キリスト教には「神は人間の全ての罪を赦す」という教義があり、多くの死刑廃止の国と地域はこれの影響かと思われる。国や一部の州に死刑の残る米国では殺人事件の被害者遺族が加害者の死刑判決や執行に反対することもあるが、実は旧約聖書には死刑の規定が書かれているのである。殺人は勿論のこと、姦淫(不倫)でさえ死刑になったのだ。
 ほとんど知られていないが日本では死刑囚は親族や弁護士の他にキリスト教の牧師にも会うことができる。中にはクリスチャンになった人もいる(ニュースステーションでも特集していたので覚えている方も多いと思う)。彼(彼女)らは自らの罪を悔い改め赦されてきっと天国へ行ったであろう。

「人を裁くな。あなたがたも裁かれないようにするためである。あなたがたは、自分の裁く裁きで裁かれ、自分の量る秤で量り与えられる。あなたは、兄弟の目にあるおが屑は見えるのに、なぜ自分の目の中の丸太に気づかないのか。兄弟に向かって、『あなたの目からおが屑を取らせてください』と、どうして言えようか。自分の目に丸太があるではないか。偽善者よ、まず自分の目から丸太を取り除け。そうすれば、はっきり見えるようになって、兄弟の目からおが屑を取り除くことができる。

新約聖書マタイによる福音書7章1−6節(新共同訳)

追記
 僕は宅間守死刑囚と獄中結婚した女性がクリスチャンかもしれないと思っていたが、週刊誌を読む限り特に宗教的な背景はないという。が、世論に対する配慮で伏せたと考えられないこともない、宅間でも天国に行けるとなれば被害者遺族は納得しないだろうから。「我らに罪を犯す者を我らが赦す如く、我らの罪をも赦し給へ(主の祈り)」、伝道って難しい。
追記その2
 先日松本智津夫被告に死刑判決が下ったが、こんな文章を書いた僕でも自分が裁判官だったら終身刑が無い以上死刑判決を出さざるを得なかったと思う。
 僕は松本(に限らずすべての犯罪者)にはクリスチャンになって欲しいと思う。執行される前に自らの罪を悔い改めイエスを救い主として受け入れてくれればいいと願っている。そうすれば信者だってオウムが間違いだと気付くかもしれない。

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